ジャマイカ・クレオール語は一般にクレオールとされる言語の中でもかなり話者が多く, また私たちにとっても(特にレゲエ・リスナーにとっては)身近なクレオールです. ですが, インターネット上にその文法を解説した日本語の文章はほとんどありません.
そこで, 今回は自分の学習のまとめも兼ねてジャマイカ・クレオール語の文法についてまとめていこうと思います.
ジャマイカ・クレオール語(Jamaican Creole, 以下JamCと表記)とは, 英語とアフリカの言語(バントゥー語, トゥイ語, クワ語など)のクレオール言語である. 話者はJamCのことをパトワ(Patwa, フランス語Patois “方言”に由来)と呼ぶ.
1660年代ジャマイカにイギリス人が入植, それに伴ってアフリカから黒人奴隷が連れてこられたことに端を発し, 現在ではおよそ400万人の話者がいる.
ジャマイカの公用語は英語(Standard Jamaican English, 以下StJamE)である. ジャマイカでは, クレオールと上層方言である英語とが接触している地域に典型的な連続体(Post-creole continuum)が見られる. JamCをbasilect(下層方言), StJamEをacrolect(上層方言)としたものだ.
basilect, mesolect, acrolect
basilect, mesolect, acrolectはクレオールについて論じるときによく用いられる用語で, それぞれ日本語では下層方言, 中層方言, 上層方言と訳される. 上層方言の方がより改まった格式高い表現, 下層方言は口語的で, 親しみやすい表現である. 話者は普段の会話で, あるいは親しみの表現として下層の方言を用い, 仕事などのフォーマルな場ではより上層の方言を用いるという風にこれらを使い分けている. 感覚としては, 方言で話すか標準語で話すかの使い分けに近いかもしれない. また, 下層方言はよく話者の言語的文化的なアイデンティティと結びつくものである. 特にJamCはジャマイカで成立したポピュラー・ミュージックであるレゲエと深い結びつきがあり、多くの日本人にとって最も身近なパトワの用例はおそらくレゲエシーンのものではないか.
混成言語
混成言語とは, 異なる言語集団が接触し, コミュニケーションの必要性を持つとき, 複数の言語の特徴を受け継いで出来上がる言語のことを指す. 混成言語は, 一般にピジンとクレオールに分類される. 複数言語の接触の結果として文法が簡易化され, 一般的なコミュニケーションの要求に耐えうる体系を持つようになったのがピジン, ピジンが世代を経て母語話者が生まれ, 共同体の主要な共通語となったものがクレオールであると定義される.
Post-creole continuum
混成言語であるピジンとクレオール, そしてその後の言語の変遷については議論があるが, 一般に, 二つの言語の接触の結果としてそれらが単純化したピジンが生まれ, ピジンはより複雑化する方向に変化し, やがてクレオールが生まれるとされている. そして, クレオール言語が存在する地域で, 上層言語としてクレオールを成した片方の言語との接触が続くと, クレオールと上層言語の連続体が見られるようになる. これをPost-creole continuumと呼ぶ. また, 話者による連続体の各変種の使い分けはCode switching(コードスイッチング)と呼ばれ, 社会言語学などで研究されている.
音韻体系は基本的に英語のそれと似るが, ある程度規則的な変化が見られる. 下に示す音韻対応の絶対的なものではなく, 当然だが本人の意識や音韻的環境に左右される.
例 (標準英語 - JamC)
例 (標準英語 - JamC)
数表現としてはアフリカの言語の特徴を受け継いでおり, 名詞の前に数詞を置くだけでその名詞がいくつあるかを示すことができる. 複数形を表す接辞は英語由来のものが2種類あり, acrolectalな-z (-s)とbasilectalな-dem (< dem “them”)である. また, 名詞の分類については基本的に英語で伝統的に用いられている可算名詞・不可算名詞の分類に従う. しかし, 冠詞のつき方に英語とは差異が認められるようである.
人称代名詞
単数 | 複数 | |
---|---|---|
一人称 | mi, a, ai | wi |
二人称 | yu | unu |
三人称 | im, shi, i | dem |
人称代名詞は英語と異なり格変化しない. 二人称複数以外は英語が由来であるが, 二人称複数unuはアフリカの言語由来であり, イボ語 únù “you(pl)” あるいはウォロフ語 yena, コンゴ語 yenu, バントゥー語(common Bantu) nu の混合ではないかと言われている. unuがアフリカの言語由来であることが原因となっているのだろうが, acrolectには二人称単数 yu が二人称複数として用いられている例もある. また, 三人称単数 i < im は, basilectとしての使用の中で性識別が消滅したものである. よって, i は男女を問わず代名詞として使用できるようだ. 一方, よりacrolectalな表現では男女を区別して shi, im と呼ぶ, あるいは she, he を使うこともある. また, 一人称 ai は, acrorectalな用法のほかに, 特にラスタファリアンによって ai-man や ai-and-ai のように生産的に用いられているようだ. mi, ai, i などの母音/i/は弛緩母音として発音されるが, これは西アフリカの言語及びJamC周辺で話されているクレオール言語に特徴的である.
人称が格変化しない関係で, JamCには所有代名詞が存在せず, 代わりに接辞fi-を用いて所有を表現する. 接辞fi-は, fi-mi "mine" のような所有代名詞を形成する用法のほかに, fi-mi job "my job" のように所有関係の標示にも用いられる.
例文
その他代名詞
疑問代名詞, 不定代名詞, 再帰代名詞はいずれも英語の形式の一部から来ている.
JamCの指示詞は, 近称dis < this, 遠称dat < that, 複数dem < themからなり, 必ず名詞の前に置かれて名詞を修飾する. また, 多くの場合でこれらは近称及び遠称をさす接辞であるya, deと共起する.
以上のことをまとめるとJamCの指示詞体系は基本的に以下の表のようになる(tingには指示される名詞が入る).
近称 | 遠称 | |
---|---|---|
単数 | dis-ya ting/dis ting-ya | dat-de ting/dat ting-de |
複数 | dem-ya ting/dem ting-ya | dem-de ting/dem ting-de |
基本的に, と書いたのは, 単数の指示詞であるdis, datはdaで表すことも可能であるためだ(daはdis, datが短くなった形か?). daには直接-ya, -deがつくことがなく, よってda ting-deのように表現される.
例文
Parsard(2016)は, このdis, datと接辞ya, deによる二重標示は, アフリカの言語にも標準英語にも類似の特徴がみられない, むしろ非標準的な英語すなわち口語的な英語や方言との類似性がみられる指摘としている.
基本的に動詞は屈折せず, 種々の標識は語で示される. しかし, acrolectにおいては時制を表す際に過去形が使われることもある. ただ, 強変化動詞はそのような用例すら殆ど見られない. これは強変化動詞の過去形あるいはその一部が原型として用いられているためである. 例えば, JamCではlos < lost “lose”, gaan < gone “go away”のような使用が見られる.
JamCは主要部先行型の言語である. 基本的に, 語順はV-NP, P-NP, Det-N, Adj-Nの順である. また, TMAのマーカーはM-T-A(-Verb)の順番につく. 語順はSVOであり, これは英語を上層言語とするクレオールの多くに共通する. JamCは標準英語と異なり、疑問文で語順の変化が起こらない。語順がSVOで無くなるのは, 分裂文や従属節の中、左方転位が起こった場合が主である.
否定文は, 否定辞である no, duont が動詞の前に置かれて作られ, これらの否定辞はいずれも時制によって変化しない. no はしばしば/na/と発音される. また, 否定と過去を表す形式(no benと同義になる)として neva が存在する. また, no や duont は否定命令や付加疑問にも用いることができる.
例文
yes-no questionと平叙文の区別は文末上昇のイントネーションのみによってなされる.
疑問詞 | 意味 | |
---|---|---|
名詞 | we, wa, huu, huufa | where/what, what, who, whose |
形容詞 | wich, wich-paat, wi-said | which, where, where |
副詞 | wa mek, hou, wen, wen taim, homoch | why, how/why, when, when, how much/many |
JamCには以上のような疑問詞が存在し, いずれも疑問詞以外に関係詞としても用いられる. mesolectには wai "why" も存在するが, これは統語上の, 具体的には焦点構文内での振る舞いが他のものと異なる. 疑問詞疑問文については焦点構文を参照のこと.
JamCには英語のbe動詞に対応する一つのコピュラ動詞は存在しないが, 機能ごとに異なった動詞を採用している. 採用される動詞は時制的に中立で, 屈折もせず, 動詞に先行するTMAマーカーと組み合わされて使われる. ゼロコピュラに代替される場合もある. また, 省略形(I'mやthat'sのような形)は標準英語と比較してかなり稀である. 以下に, コピュラが用いられるそれぞれの場合について述べる.
例文
コピュラである a や is は, 広く焦点のマーカーとしての役割を果たす. 倒置して文頭に来た要素には強勢が置かれ, 強調あるいは対比の意味を持つ. 強調構文は強調される要素が1. 述語的要素である場合と2. その他要素である場合とでその構造が異なる.
1.述語的要素がフォーカスされる場合
述語的要素は, 具体的には述語動詞, 述語形容詞, そして法助動詞の mos "must" を指す. 述語的要素を焦点とする強調構文は, コピュラ+焦点+元の文の形で実現される. 詳しくは以下の例文を参照されたい.
例文
A gaan im mosi gaan aredi.
lit."Be have gone he must have gone already."
"He must have left already."
(焦点を反映するなら"What he must have done is to leave."となるか)
A mos im mosi gaan aredi.
lit."Be must he must have gone already."
"He must have left already."
2.他の要素がフォーカスされる場合
ほぼ同様の方法で分裂文を作ることができるが, こちらの場合は焦点に当たる要素が元の文から削除されるのが特徴である. また, 疑問詞疑問文もこの構文で実現され, wisaid "where" がコピュラ a とともに文頭にきて強調されている. ただし, 疑問詞疑問文はyes-no疑問文と異なり上昇イントネーションにならない.
例文
先にも述べたように, 時制は語で標示される. 具体的には, ben, en, didといった語が動詞の前について過去を標示する. 実際の時制の標示には多くの例外があるが, ここでは単純化した規則のみを載せる. JamCには現在時制, 過去時制がある. また, JamCでは状態動詞と動作動詞で同じ標示でも意味が異なり, それをまとめると以下のようになる.
状態動詞:無標で現在あるいは習慣を, 過去標識がつくと過去を表す.
動作動詞:無標で過去を, 過去標識で過去完了を表す.
例文
進行相は a と de の二つの形式(deの方がより古い形式)が動詞の前について標示される. しかし, mesolectには [Verb]-in の形式も見られ、また a の代わりに is や was が立つこともできる. この形式については, 形式と使用される際の意識(acroolectalな意識で発話をしている, といった具合)に必ずしも対応が見られないことに注意すべきだ.
また, 完了相は don を用いるが、これは動詞の前にも後にもつくことができる.
(多くは英語由来の)法助動詞を用いて表現する. しかし, JamCでは二重の法標示が容認されており, 例にも示すが, wi can “will be able to” のような表現が可能である. 二重法標示の際1番目に来うる助動詞をグループ1, 2番目に来る助動詞をグループ2としてまとめたのが以下の表である.
法助動詞 | 意味 | |
---|---|---|
Group1 | mos(-a, -i), kuda, wuda, shuda, maita, wi | must, could, would, should, might (may), will |
Group2 | kyan, fi, hafi, mos(-a, -i) | can, ought, must, must |
例文
語順の項で述べたが, TMAマーカーはM, T, Aの順で標示されるため, 全てのマーカーが用いられると以下のような文になる.
例文
JamCは非制限節を導く際に必ずしもtoなどのマーカーを必要としない. 不定詞のマーカーはfi(前述の法助動詞と異なることに注意)であるが, mesolectではtuを用いる場合もある. また, 通常の英語と異なり, *John is easy to cryのような文も可能である. 命令文も不定詞を用いてつくられ, Pliiz tu Vの形で実現される.
例文
JamCにおいて、制限節を導く補文標識には se "say" と dat "that", そしてゼロ補文標識がある. 別の言い方をすると, JamCでは一般に明示的な補文標識なしに制限節を導くことができる. その本来の意味から se を取ることができる動詞は限られていて, se 以外の発話, 考え, 知覚, 感情に関係する動詞のみである. 補文標識としての se は, 動詞連続(後述)に由来し, 文法化の最中にあるのではないかと推定されている.
例文
JamCでは, 英語と同様, 従属節は従属接続詞に導かれる. しかし, 標準英語ではもう使われなかったり, 古風に感じられるような従属接続詞の使用が見られる(等位接続詞 an, bot, ar, narは標準英語に対応する接続詞 and, but, or, norが存在し、ほぼ同じように機能している). 具体的には, 条件を表す sieka “because of”, tru ”because”(それぞれfor the sake ofとthroughに由来), 時間に関する wen(eva)taim “when(ever)”, 譲歩を表す no kya “no matter”(no careに由来), 様態を表す laka se “as if”(like sayに由来)などである.
例文
大西洋に分布する多くのクレオール言語において, 関係節の構造はlexifier languageのそれに従うとされており, JamCも例に漏れずlexifier languageである英語に類似した関係節をもつ. 関係節マーカーは, a, we, wa(t), huufa, dat, huu であり, 多くの場合マーカーなしでも関係節を実現しうる. 多くの関係節マーカーは疑問代名詞由来で, 代名詞由来でない関係節マーカーは指示詞由来のものである. basilectで最も一般的な関係節のマーカーは we (whereに由来?)で, 場所以外の場合にも使用可能である. huu はよりmesolectal, acrolectalな形式で, 人間を指す必要があるという英語と同様な制約にしたがう. これは, huufa(< fi-huu = who+for)という形式についても同様で, しかしこちらはよりbasilectalであるからweに代替されないという点で異なる.
関係節を作る方法には以下の3パターンがある.
先に示した関係節のマーカー=関係詞を用いるパターン
Null関係詞を用いる(関係詞を用いない)パターン
再述代名詞(Resumptive Pronoun)を用いるパターン
例文
パターン1が標準英語に最も近く, 関係詞の移動が構造的なギャップを生み出すような関係節化である. しかし, いずれの関係詞を用いる場合についてもpied-pipingは許されず, よって, 2つ目の例文について以下のようにすることはできない.
例文
Null関係詞を用いるパターン2は, 出来上がる名詞節が不定のものを指し, かつ文全体の主部となるような場合によく起こる. 3つ目の例文を例にすると, niemの前にNull関係詞がある, と解釈される.
このパターンの存在を考えると, 関係節化について, wh詞の前方移動というよりも, もっと一般に「同一のことを指す名詞句を関係節内から削除している」と解釈する方が適切ではないか, という指摘もなされている(Christie 1996:54, 筆者訳).
パターン3について, 再述代名詞を用いた関係節化は英語の口語や非標準の方言によく見られるもので, 例えば4つ目の例文では英語の関係節にあらわれ得ない先行詞が ar "her" の形で出てきているのがわかる. このパターンは再述代名詞が所有格の場合により多くみられ, また, 明示的な関係詞が必要であるとされる. このパターンはacrolectにも見られ, その点において特徴的である.
動詞連続はJamCについて最も研究が盛んにされている分野で, また現在でも議論がある分野でもある.
動詞連続構文の定義について, ベルベル語などの研究者であるAikhenvaldは以下のように述べている.
A serial verb construction (SVC) is a sequence of verbs which act together as a single predicate, without any overt marker of coordination, subordination, or syntactic dependency of any other sort.
Aikhenvald, 2001: 1
JamCの動詞連続には以下のような特徴があるようだ.
例文
上述の例文を例にとって解説する. 1つ目は典型的な動詞連続で, 前後の動詞の関係からするに”道具的”なパターンに分類されるだろうか. この場合, 主語は共通で im "he" であるが, 目的語はそれぞれ異なる. 2文目ではfi不定詞内で動詞連続が見られる. go, kya, komと3つの動詞が連続しており, ルールにもある通りkomはこちらに近づく方向を指し示している(JamCではgoが遠ざかる, komは近づく方向を指し示すようだ).
(薬学部3年 片岡健人)